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17年目となるお墓参り

2024.11.18

17年目となるお墓参り

おはようございます!!
浅川智仁です。
 
去る11月15日は坂本龍馬の命日でした。
 
10歳の頃から敬愛する僕は、
今年で17年目となる、
「命日でのお墓参り」に行ってきました。
 
僕にとって覚悟と志を確認する、
一年でも決定的に重要な一日。
 
今日のメルマガは、
龍馬さんの信念が垣間見える、
そんなエピソードを紹介します。
 
「たまたま訪ねてきた坂本龍馬、
中岡慎太郎、吉村寅太郎の三人に柿を出してやった。
龍馬は無言で手を伸ばして二、三個むしゃむしゃ食った。
中岡慎太郎は、ちらと見ただけで食おうともしなかった。
吉村寅太郎は、うちの柿よりもうまいです、とおせじを言って、
一個だけうまそうに食べた」
 
幕末の土佐藩において、
郷士という身でありながも異例の出世を遂げ、
一時期藩政を動かすまでの影響力を持った
土佐勤王党の盟主、武市瑞山(半平太)。
 
その妻であり、たくさんの志士たちを見てきた冨子は、
明治に入って、こんなエピソードを語っています。
 
ちなみにこれ、
坂本龍馬の生き方が垣間見える、
僕が大好きなエピソードです。
 
 
■知らないうちに縛られる「固定概念」
 
世の中の価値観や
「当たり前」だと思われる固定概念に対して、
柔軟で素直な疑問を持ち、
それを自ら解明していくという姿勢を
貫いていくことが坂本龍馬の生き方でした。
 
 
興味深いことに、
ただ『柿を食べる』ことにも、
それが表れている。
 
僕はこの逸話を読んでそう感じたんです。
 
そして改めて、
坂本龍馬という人間に魅了されてしまいました。https://cheercareer.jp/company/seminar_detail/4676/181484 
 
想像するに、
冨子から出された柿は、
決して美味そうには見えなかったのでしょう。
 
ですから中岡慎太郎は、
一見してそれを判断し、
手を伸ばしませんでした。
 
また、
本当にうまい柿であったのならば、
吉村寅太郎は、
更にもう一個食べたに違いありません。
 
そんな二人とは対照的に、
龍馬が二、三個無言で食べたのは、
「この中にもっとうまい柿があるはずだ」と、
探し求めていたと考えられます。
 
外見だけで判断せず、
外見から見えないところにも、
その真理を見出そうとしていた坂本龍馬。
 
そんな龍馬さんの生き様を感じずにはいられません。
 
これ故に、
龍馬さんは、敵味方、老若男女を問わず、
多くの人間に愛されたのだと思います。
 
見えないものを見ようとする坂本龍馬の生き方。
柿を食べるという一つのシーンにも、
しっかりと感じることができます。
 
本日も、
最後までお読みいただきありがとうございました。
 
行ってらっしゃい!
 
 
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