高校2年生の時に退学して溶接工になり、コツコツ仕事に取り組む日々。
20歳で結婚した後、22歳の時に一人目の子どもが生まれました。
仕事とは関係なく、1年ほど通っていた英会話スクールで、転機が訪れました。
ある日、スクールの受付女性が「先月オーナーが母国へ帰国してしまった。一緒にこのスクールの経営をしてくれないか」と相談を持ちかけてきたのです。
生徒の僕に、倒産間際の英会話スクールの経営をお願いできないか、と。
「目の前で困っている人がいたら自分に何かできないか?」
それまで頑張って貯金した400万円をスクールの借金返済に充て、あっと言う間に残金は50万円に。
スクールは、全然生徒がいないから、売上げは月に18万円。
教室の家賃や先生たちの給与も払わなければいけない。そもそもやっていけない経営状況でした。
そのうえ、僕に経営を依頼した受付の女性は逃げてしまい…
でも、自分で決めたことは、最後まで諦めず、やり切ろうと必死でした。
その後はオンライン英会話のためにフィリピンへ進出し、新たな出来事や壁とぶつかりなながらも、どうにか事業を運営できるようになった頃。
二度目の転機がおとずれました。
それは2015年のこと。
予期せぬ交通事故に遭い、5日間も意識不明の重体。
顔面を68針も縫う大けがを負いました。
―今まで自分が、世の中のために何かしてきたのだろうか?
―それは、社会に貢献できていたのだろうか?
そう考えた時、自分の人生が、なんて無駄なものだったのだろうかと後悔しました。生まれ変われるなら、自分がしたいことではなく、
―もっと世の中に影響を与える事業を目指したい。
『人口減少』が深刻な社会問題になっているのと同時に、
英会話スクールを通じて、日本に訪れる多くの外国人が、慣れない環境での暮らしに苦労している場面を多く見てきました。
僕はここに着目したのです。
このまま進めば、日本にある労働力は絶対に足りなくなる。
そこを、日本に住んでいる外国人で補う。
そうすれば、日本の社会問題に、日本に訪れた外国人に、貢献できる。
これが日本初の外国人ハローワーク、「YOLO JAPAN」のスタートです。
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